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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)44号 判決 1997年7月01日

神奈川県川崎市幸区堀川町72番地

原告

株式会社東芝

同代表者代表取締役

佐藤文夫

同訴訟代理人弁理士

大胡典夫

刈谷光男

森定奈美

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

篠崎正海

吉村宅衛

中川真一

小池隆

主文

特許庁が平成6年審判第18146号事件について平成7年12月15日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和58年3月9日、名称を「陰極線管」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、特許出願(昭和58年特許願第37435号)をし、平成3年10月9日特許出願公告(平成3年特許出願公告第 4981号)されたが、特許異議の申立てがあり、平成6年6月27日拒絶査定を受けたので、同年11月4日審判を請求した。特許庁は、この請求を平成6年審判第18146号事件として審理した結果、平成7年12月15日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成8年2月7日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

少なくとも内面に蛍光スクリーンを有し実質的な矩形状からなる曲面状のフェーフ部と、前記フェース部端から延在するスカート部とからなるガラスパネルを有する陰極線管において、前記フェース部の垂直軸方向、水平軸方向及び対角軸方向の曲率半径分布を内面及び外面ともに異ならせるとともに、フェース部外面の水平軸方向及び対角軸方向の曲率半径をそれぞれRH及びRDとする時、RH<RDとし、前記ガラスパネルのフェース部の垂直軸方向、水平軸方向及び対角軸方向の端部近傍の肉厚をそれぞれtV、tH及びtDとする時、tV>tH、且つtD>tHなることを特徴とする陰極線管。(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  特願昭59-31320号(特開昭59-158056号公報)の願書に最初に添付した明細書及び図面(本訴における甲第8号証。以下「先願明細書」という。)には、以下のような記載がある。

<1> 「基本的なフェースプレートパネルの形状としては、球面状と円筒面状の2つの形状がある。平坦な形状も可能であるが、外囲器に同一の強度を持たせるためには、フェースプレートの厚さを増さねばならず、またそれに伴い重さも増加するため、好ましくない。更に、平坦なフェースプレートCRTがシャドーマスクカラー映像管である場合には、それに適当するシャドーマスクを得ようとするとマスクの重さと複雑さが増すため好ましくない。この発明は、球面状でも円筒面状でもなく、且つ、視聴者に平坦であるという幻覚を生じさすことが出来る湾曲した形状のフェースプレートパネルを提供するものである。」(1頁左下欄17行ないし右下欄10行。以下「先願明細書の記載<1>」といい、他の記載についても、同様に略称する。)

<2> 「第2図(別紙図面2参照)に示すフェースプレートパネル12の、短軸(Y-Y)、長軸(X-X)および対角軸に沿つた断面形状図が、それぞれ第3図、第4図および第5図(別紙図面2参照)に示されており、第6図(別紙図面2参照)には、短軸、長軸および対角線に沿ったフェースプレートパネル12の外側表面の相対的形状が比較のために示されている。フェースプレートパネル12の外側表面の形状は、短軸および長軸の両方に沿って湾曲しており、且つ、少なくともパネル12の中央部においてはその短軸方向に沿った曲率は長軸に沿った曲率よりも大きくなっている。対角線に沿った表面の曲率は、長軸および短軸に沿った上記相異なる曲率の推移が滑らかになるように選択されている。」(2頁右上1欄16行ないし左下欄8行)

<3> 「長軸、短軸および対角線に沿う曲率がそれぞれ異なる為、パネル縁(側壁)20の高さAは、第3~5図に示すように、パネル12の周辺全体において一定とすることが出来る。」(2頁左下欄16行ないし19行)

<4> 「映像管の1つの実施例として、フェースプレートパネルは、軸が互いに直交する2つの滑らかな円筒表面で形成される。」(3頁左上欄5行ないし7行)

<5> 「上記短(Y)軸上における半径は、上記長(X)軸上における半径よりも短い為、短軸に沿った湾曲の曲率は長軸に沿ったものより大きくなる。」(3頁右上欄8行ないし11行)

<6> 「パネル12のフエースプレート18の内側表面の形状は、外側表面の形状と少し異なっている。これは、フェースプレートパネルの強度対重量比を出来るだけ適切なものとするため、フェースプレート18の厚さを、例えば第5図(別紙図面2参照)に示すように、ある程度くさび状にしなければならないためである。それ故、フェースプレート18の厚さは、中心から端部に向かって増加している。大抵の実施例において、短軸(Y-Y)に沿うくさび状化の程度は、長軸(X-X)に沿うくさび状化の程度よりも大きくなる。」(3頁左下欄1行ないし11行)

<7> 「長軸、短軸のそれぞれの両端部におけるよりも、隅の方で厚さが大となるフェースプレートが望ましい実施例もある。」(3頁左下欄15行ないし17行)

(3)  そこで、本願発明と先願明細書に記載された発明(以下「先願発明」という。)とを比較検討する。

<1> 本願発明の技術的課題は、その明細書の記載からみて、ガラスパネルの大幅な重量増加を伴うことなく衝撃力に強いガラスパネルを得ることにあり、これに対し、先願発明は、先願明細書の記載<1>及び<6>からみてフェースプレートパネルの強度対重量比を適切なものとすることにあり、その技術的課題を一にするものである。

<2> そしてそのために、先願明細書の記載<2>、<4>、<5>及び<6>からみて、陰極線管のフェース部の垂直軸方向、水平軸方向及び対角軸方向の曲率半径分布を内面及び外面ともに異ならせているものと認められ、またそのフェース部外面の水平軸方向の曲率半径を対角軸方向の曲率半径よりも小さくしているものと認められる。

<3> 更に、先願明細書の記載<6>及び<7>からみて、ガラスパネルのフェース部の垂直軸方向の端部近傍の肉厚は、水平軸方向の端部近傍の肉厚よりも大きくされており、かつ対角軸方向の端部近傍の肉厚が、水平軸方向の端部近傍の肉厚よりも大きくされているものと認められる。

<4> これに対して、審判請求人(原告)は、先願明細書の記載<6>と記載<7>は、それぞれ別の実施例を記載したものであり、本願発明のようにこれらを同時に満たすことまでは、開示されていない旨、主張している。

しかしながら、先願明細書の記載<6>は、短軸(本願発明の垂直軸に相当)及び長軸(本願発明の水平軸に相当)に沿うくさび状化(端部近傍の肉厚)の程度を比較したものであるのに対し、先願明細書の記載<7>は、長軸、短軸のそれぞれの両端部の肉厚と隅(本願発明の対角軸に相当)の方の肉厚の程度を比較したものであり、比較の対象箇所が異なっている。そして、先願発明は、その特許請求の範囲の記載からも分かるように短軸と長軸の湾曲の曲率を問題としており、その延長線上に先願明細書の記載<6>に記載の実施例があるものであり、この実施例を前提として先願明細書の記載<7>に記載の実施例があるものであり、先願明細書の記載<6>に記載の実施例と先願明細書の記載<7>に記載の実施例が全く関係のない独立した別個の実施例とは認められないものである。したがって、先願明細書には、先願明細書の記載<6>に記載の実施例と先願明細書の記載<7>に記載の実施例とを同時に満たすものも開示されていると解釈するのが妥当であり、審判請求人の主張は採用できない。

(4)  したがって、本願発明は先願発明と同一であり、また、本願発明の発明者が先願に係る出願の発明者と同一であるとも、本願の出願時にその出願人と前記先願に係る出願の出願人とが同一であるとも認められないから、本願発明は特許法29条の2第1項の規定により特許を受けることができない。

4  審決の理由の認否

審決の理由の要点(1)、(2)は認める。

同(3)<1>のうち、本願発明の技術的課題は、その明細書の記載からみて、ガラスパネルの大幅な重量増加を伴うことなく衝撃力に強いガラスパネルを得ることにあることは認め、その余は争う。

同(3)<2>のうち、先願明細書の記載<2>、<4>、<5>及び<6>からみて、陰極線管のフェース部の垂直軸方向、水平軸方向及び対角軸方向の曲率半径分布を内面及び外面ともに異ならせているものと認められ、またそのフェース部外面の水平軸方向の曲率半径を対角軸方向の曲率半径よりも小さくしているものと認められることは認め、その余は争う。

同(3)<3>のうち、先願明細書の記載<6>及び<7>からみて、対角軸方向の端部近傍の肉厚が、水平軸方向の端部近傍の肉厚よりも大きくされているものと認められることは認め、その余は争う。

同(3)<4>のうち、先願明細書の記載<6>は、短軸(本願発明の垂直軸に相当)及び長軸(本願発明の水平軸に相当)に沿うくさび状化(端部近傍の肉厚)の程度を比較したものであることは争い、その余は認める。

同(4)のうち、本願発明の発明者が先願に係る出願の発明者と同一であるとも、本願の出願時にその出願人と前記先願に係る出願の出願人とが同一であるとも認められないことは認め、その余は争う。

5  審決を取り消すべき事由

審決は、先願明細書(甲第8号証)に記載されたフェースプレートのくさび状の程度と肉厚の関係を誤って解釈したため、本願発明が先願発明と同一であると誤って判断したものであるから、取り消されるべきである。

すなわち、審決は、「先願明細書の記載<6>及び<7>からみて、ガラスパネルのフェース部の垂直軸方向の端部近傍の肉厚は、水平軸方向の端部近傍の肉厚よりも大きくされており」と認定し、その理由として、「先願発明は、先願明細書の記載<1>及び<6>からみてフェースプレートパネルの強度対重量比を適切なものとすることにあり、その技術的課題を一にするものであ」って、「そしてそのために」陰極線管のフェース部の垂直軸方向、水平軸方向及ぴ対角軸方向の曲率半径分布を内面及び外面ともに異ならせる等している、「先願明細書の記載<6>は、短軸(本願発明の垂直軸に相当)及び長軸(本願発明の水平軸に相当)に沿うくさび状化(端部近傍の肉厚)の程度を比較したものである」と認定するが、いずれも誤りである。先願明細書には、長軸端部の厚さと短軸端部の厚さの関係は記載も示唆もされていない。

(1)<1>  本願発明を構成要件に分けると、

(a) 少なくとも内面に蛍光スクリーンを有し実質的な矩形状からなる曲面状のフェース部と、前記フェース部端から延在するスカート部とからなるガラスパネルを有する陰極線管において、前記フェース部の垂直軸方向、水平軸方向及び対角軸方向の曲率半径分布を内面及び外面ともに異ならせるとともに、フェース部外面の水平軸方向及び対角軸方向の曲率半径をそれぞれRH及びRDとする時、RH<RDとし、

(b) 前記ガラスパネルのフェース部の垂直軸方向、水平軸方向及び対角軸方向の端部近傍の肉厚をそれぞれtV,tH及びtDとする時、tV>tH、

(c) 且つtD>tHなることを特徴とする陰極線管となる。

<2>  その技術的課題は、ガラスパネルの真空排気による外部大気圧からの物理的膨張応力Psの矩形枠状近傍集中に対処させ、かつ、ガラスパネルに対する衝撃力を緩和すること、すなわちガラスパネルとファンネルの接合部に伝達される衝撃力の伝達距離を確保することによって、爆縮の生じにくい機械的強度の優れたガラスパネルを得ることにある(甲第4号証4頁12行ないし5頁16行)。

本願発明は、パネルへの衝撃による爆縮を、垂直軸(短軸)方向端部の歪みの集中とスカート高さの2要因によるところが大きいことを分析し、この分析に基づいて強度を考えているのであり、強度をスカート高さを含めて考慮する必要性を述べているのである。

<3>  このため、要素(a)のように、フェース部外面の水平軸(先願発明の長軸に相当する)方向及び対角軸(先願発明の対角線に沿う方向)方向の曲率半径をそれぞれRH及びRDとする時、RH<RDとするとともに、矩形状枠近傍において、各軸方向の端部の肉厚を、水平軸方向の肉厚tHを基準にして、要素(b)のように、tV>tHとすること、すなわち垂直軸(先願発明の短軸に相当する)端部肉厚tVを水平軸端部肉厚tHより大きくして、ガラスパネルの真空排気による外部大気圧からの物理的膨張応力Psの矩形枠状近傍集中に対応させ、要素(c)のように、tD>tHとすること、すなわち対角軸端部肉厚tDを水平軸端部肉厚tHより大きくして、ガラスパネルの外面からファンネルとの接合部までの距離すなわちスカート部の長さをある程度確保し、衝撃力伝達距離の拡大をはかったものである。

(2)<1>  審決は、「先願発明は、先願明細書の記載<1>及び<6>からみてフェースプレートパネルの強度対重量比を適切なものとすることにあり、その技術的課題を一にするものである」と認定するが、先願発明は、長短軸が湾曲する矩形型フェースプレートパネルの平坦化をはかること、そしてそれに伴うフェースプレートの厚さ、重量の増加を強度対重量比を適切なものとすることを技術的課題としてなされたものにすぎない(先願明細書の記載<1>及び<6>の一部)。

<2>  このため、先願発明は「長軸、短軸および対角線に沿う曲線がそれぞれ異なるため、パネル縁(側壁)20の高さAは、第3図~5図に示すように、パネル12の周辺全体において一定とすることができる。」(先願明細書の記載<3>)、具体的には「矩形フェースプレートは少なくとも中央部において、短軸に沿う湾曲の曲率が、長軸に沿う曲率より大きくなるように設定される」(甲第8号証の特許請求の範囲及び3頁右上欄8行ないし11行)とあるように、パネル縁(本願発明のスカート部)の高さを均一の高さにして平坦化をはかったものである。

さらに、「パネル12のフェースプレート18の内側表面の形状は、外側表面の形状と少し異なっている。これは、フェースプレートパネルの強度対重量比を出来るだけ適切なものとするため、フェースプレート18の厚さを、例えば第5図(別紙図面2参照)に示すように、ある程度、くさび状にしなければならないためである。それ故、フェースプレート18の厚さは、中心から端部に向かって増加している。大抵の実施例において、短軸(Y-Y)に沿うくさび状化の程度は、長軸(X-X)に沿うくさび状化の程度よりも大きくなる。」(先願明細書の記載<6>)とあるように、フェースプレートパネルの強度対重量比の適切化のために、短軸(本願発明の垂直軸)に沿うくさび状化の程度は、長軸(本願発明の水平軸)に沿うくさび状化の程度よりも大きくなっている。

さらに、「長軸、短軸のそれぞれの両端部におけるよりも、隅の方で厚さが大となるフェースプレートが望ましい実施例もある。」(先願明細書の記載<7>)とあるように、隅である対角線端の肉厚が長短軸端の肉厚よりも大きい場合があることを開示している。

以上のように、先願明細書には、本願発明との関係では、本願発明の構成要素(a)、(c)は開示されているが、構成要素(b)の垂直軸端部肉厚tVを水平軸端部肉厚tHより大きくすることについては何ら開示されていない。

<3>  審決は、「先願明細書の記載<6>は、短軸(本願発明の垂直軸に相当)及び長軸(本願発明の水平軸に相当)に沿うくさび状化(端部近傍の肉厚)の程度を比較したものである」と認定するが、先願明細書に記載されているのは、長短軸におけるフェースプレートのくさび状の程度の差であって、端部の厚さについてではない。端部の厚さは、くさびのくさび状の程度とくさび状の部分の長さによって定まるものである。

すなわち、先願明細書では、「長軸および短軸に沿う湾曲の曲率が互いに異なる為、スクリーン22の端部の真向かいにあるパネルの外側表面上の諸点は、すべて、実質的に同一平面P上にある。これら実質的に同一平面上にある諸点は、第2図のようにフェースプレートパネル12の前方から見ると、スクリーン22の端部に重なる実質的に矩形をなす輪郭線をパネルの外側表面に形成する。」(甲第8号証第2頁右下欄8行ないし15行)との記載から外面(及び内面)の落ち込み量(パネル中心部から管軸に沿った高さの差)が短軸方向と長軸方向では同じと解する。

軸方向端部の外側表面上の点が位置する平面Pと外面曲面が交わる角度の関係についてみてみると、次のようになる。すなわち、接線が管軸方向となす角度の関係は、短軸方向く長軸方向となる。換言すれば、法線が管軸方向となす角度の関係は、短軸方向α>長軸方向βとなる(参考図(別紙図面3)(a)参照)。このとき、内面の落ち込み量は短軸方向端部と長軸方向端部とで同じ量なので、外面と内面との間の管軸方向長さは、短軸方向端部と長軸方向端部とで同じになる。

法線方向に沿う肉厚については、内面と外面の落ち込み量の差を斜辺とし、法線と管軸方向とがなす角を一鋭角とする直角三角形に近似して考えることができる。肉厚の増加であるくさび状化の程度については、長軸方向の中間部(中心から短軸方向部までの距離と同じ距離の位置)では、内面と外面の落ち込み差△Z2は端部における△Zより小さくなっており、△Z2<△Zとなっている。また、短軸方向端部での内面と外面の落ち込み差△Z1は△Zに等しいので、△Z2<△Z1となる。さらに、法線の角度の関係は、短軸方向α>長軸方向β’であるので、参考図(別紙図面3)(b)に示すような関係となり、tV>t’Hとなる。よって、参考図から明らかなように、くさび状化の程度が短軸方向>長軸方向となっている。

軸方向端部における法線方向に沿う肉厚については、内面と外面の落ち込み量の差を斜辺とし、法線と管軸方向とがなす角をα、βとする直角三角形に置き換えて考える。そして、短軸方向端部と長軸方向端部とでは、斜辺の長さが同じで一鋭角の角度が異なる2つの三角形の対比で考えることができる。よって幾何学的関係から、長軸方向端部における肉厚tHの方が短軸方向端部における肉厚tVより大きくなっている(参考図(別紙図面3)(c)参照)。

したがって、先願発明では、くさび状化の程度は短軸方向>長軸方向と短軸方向で大きいが、一方、長軸方向端部における肉厚tHの方が短軸方向端部における肉厚tVより大きくなることがわかる。

(3)  被告は、先願明細書には、tV>tH、tV<tH、tV=tHの個別的な3通りの発明が択一的に記載されていると主張する。しかしながら、先願明細書には、「短軸(Y-Y)に沿うくさび状化の程度は、長軸に沿うくさび状化の程度(X-X)よりも大きくなる」(先願明細書の記載<6>の一部)と記載されているにすぎず、短軸方向端部と長軸方向端部の厚さの関係を適切に決める必要があるという思想は開示されていないから、先願明細書には、tV>tH、tV<tH、tV=tHの個別的な3通りの発明が択一的に記載されていると解することはできず、この点の被告の主張は理由がない。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認め、同5は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  先願明細書がパネルの平坦化を視野においていることは確かであり、パネルを平坦化しようとすることは陰極線管において普遍的な技術課題であったが、平坦化した場合、爆縮の危険性を避けるためにかなり肉厚にしなければならず、強度対重量比が大きくなるものである。そのため、先願発明では、スクリーン22の端部の真向かいにあるパネルの外側表面上の諸点が、すべて実質的に同一平面P上にあるようにして、フェースプレートパネルが長短両軸に沿って湾曲していても、その画像が平坦であるという幻想が生じるようにしたものであって、フェースプレートパネルが平坦となっているものではなく、湾曲したものであり、そのための適切な強度対重量比を出すための解決策を施したものである。したがって、審決が本願発明と先願発明とはその技術的課題を一にするものであるとした認定に誤りはない。

(2)<1>  一般的に陰極線管のスクリーンにおいて、ガラスパネルの枠部(端部)近傍に応力が集中するものである。くさび状化が、枠部近傍の強度化のために採用したものであることを考えると、先願明細書の記載<6>は、長軸方向と短軸方向のどちらか一方に強度化の重点を置いたかを明らかにしたものであると考えられる。とすると、一般にくさび状化の程度の大小は、くさび角の対辺の大小を示していることと解されるから、先願発明においても、tV>tHであると解するのが自然である。この厚さがtV>tHでも、tV<tHでも、tV=tHでもよいと解すると、わざわざ上記記載をして、比較したことの意味がなくなってしまう。

原告は、端部の肉厚は、くさび状化の程度だけでなく、くさび状の部分の長さも関係すると主張するが、本願発明も、先願発明も、パネルの外面形状における長軸及び短軸方向について、単一の曲率半径を使用しているわけではないから、短軸方向と長軸方向の長さの違いが、即、くさび状化による短軸方向の端部の厚さと長軸方向の端部の厚さの違いに結び付くということはできない。

<2>  先願明細書の「長軸および短軸の沿う湾曲の曲率が互に異なる為、スクリーン22の端部の真向かいにあるパネルの外側表面上の諸点は、すべて、実質的に同一平面P上にある。これら実質的に同一平面上にある諸点は、第2図のようにフェースプレートパネル12の前方から見ると、スクリーン22の端部に重なる実質的に矩形をなす輪郭線をパネルの外側表面に形成する。」(甲第8号証2頁右下欄8行ないし15行)との記載、先願明細書の記載<3>及び第2図ないし第7図(別紙図面2参照)を参照すると、先願明細書は、パネル縁(側壁、スカート部)の高さが周辺全体で同一高さであること、及びスクリーンの端部に重なる実質的に矩形をなす輪郭線が、実質的に同一平面P上にあることを意味しているのであり、パネル外面の落ち込み量が短軸方向と長軸方向とで同じであると解することができても、パネル内面の落ち込み量まで同じであると解することはできない。この前提が間違っているため、原告が審決を取り消すべき事由(2)<3>で主張する理論は成立しないものである。

(3)  先願明細書には、「大抵の実施例において、短軸(Y-Y)に沿うくさび状化の程度は、長軸(X-X)に沿うくさび状化の程度よりも大きくなる。」(先願明細書の記載<6>の一部)と記載されているから、先願明細書には、tV>tH、tV=tH、tV<tHとする個別的な3通りの発明が択一的に記載されているものである。本願発明は、そのうちの1つの発明に該当するから、本願発明と先願発明は同一であるとした審決の認定の誤りはない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)及び同3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

そして、審決の理由の要点(2)(先願明細書の記載事項の認定)、同(3)<1>のうち、本願発明の技術的課題は、その明細書の記載からみて、ガラスパネルの大幅な重量増加を伴うことなく衝撃力に強いガラスパネルを得ることにあること、同(3)<2>のうち、先願明細書の記載<2>、<4>、<5>及び<6>の記載からみて、陰極線管のフェース部の垂直軸方向、水平軸方向及び対角軸方向の曲率半径分布を内面及び外面ともに異ならせているものと認められ、またそのフェース部外面の水平軸方向の曲率半径を対角軸方向の曲率半径よりも小さくしているものと認められること、同(3)<3>のうち、先願明細書の記載<6>及び<7>からみて、対角軸方向の端部近傍の肉厚が、水平軸方向の端部近傍の肉厚よりも大きくされているものと認められること、同(3)<4>のうち、先願明細書の記載<6>は、短軸(本願発明の垂直軸に相当)及び長軸(本願発明の水平軸に相当)に沿うくさび状化(端部近傍の肉厚)の程度を比較したものであることを除く事実並びに同(4)のうち、本願発明の発明者が先願に係る出願の発明者と同一であるとも、本願の出願時にその出願人と前記先願に係る出願の出願人とが同一であるとも認められないことは、当事者間に争いがない。

2  本願発明の構成要件のうち、ガラスパネルのフェース部の垂直軸端部方向近傍の肉厚tV、水平軸方向端部近傍の肉厚tHについて、tV>tHとの関係が先願発明に開示されているか否かを検討する。

(1)  前記説示のとおり、先願明細書には、「短軸(Y-Y)に沿うくさび状化の程度は、長軸(X-X)に沿うくさび状化の程度よりも大きくなる。」(先願明細書の記載<6>の一部)、「長軸、短軸のそれぞれの両端部におけるよりも、隅の方で厚さが大となるフェースプレートが望ましい実施例もある」(同<7>)と記載されているが、フェースプレート端部の肉厚は、くさび状化の程度とくさび状の部分の長さによって決定されるものであるところ、先願明細書にはくさび状の部分の長さについては記載されておらず、くさび状化の程度についても、短軸に沿うくさび状化の程度は長軸に沿うくさび状化の程度よりも大きいとのみ記載され、それ以上の記載はないことからすると、先願明細書の記載<6>及び<7>によっても、先願明細書にはtVとtHの大小関係については記載されていないし、示唆もされていないと認められる。

(2)  被告は、本願発明も、先願発明も、パネルの外面形状における長軸及び短軸方向について、単一の曲率半径を使用しているわけではないことを、短軸方向と長軸方向の長さの違いが、即、くさび状化による短軸方向の端部の厚さと長軸方向の端部の厚さの違いに結び付くということはできないことの理由として主張するが、単一の曲率半径を使用しているわけではないことは、くさび状の部分の長さを考慮する必要がないことを何ら意味しないことは明らかであるから、この点の被告の主張は、採用できない。

(3)  被告は、一般的に陰極線管のスクリーンにおいて、ガラスパネルの枠部(端部)近傍に応力が集中するものであるが、くさび状化が枠部近傍の強度化のために採用したものであることを考えると、審決で引用した先願明細書の記載<6>は、長軸方向と短軸方向のどちらか一方に強度化の重点を置いたかを明らかにしたものであると考えられ、そうすると、一般にくさび状化の程度の大小はくさび角の対辺の大小を示していることと解されるから、先願発明においてもtV>tHであると解するのが自然である旨主張する。

しかしながら、先願明細書の記載<1>及び<6>によれば、先願発明は、長短軸が湾曲する矩形型フェースプレートパネルの平坦化をはかること、そしてそれに伴うフェースプレートの厚さ、重量の増加を強度対重量比を適切なものとすることを技術的課題としてなされたものであることが認められる。上記「強度対重量比」は、フェースプレートの中心との対比において端部の厚さを厚くすることを意味していると認められるが、それ以上に、本願発明のように「ガラスパネルの真空排気による外部大気圧からの物理的膨張力Psは・・・垂直軸方向に最大の応力歪が加わることになる。しかし乍ら従来のガラスパネルでは最大の応力歪が加わる垂直軸方向の肉厚は逆に最も小さい。」(甲第4号証4頁15行ないし5頁3行)との知見に基づき、端部のうちどの部分を強化するかを課題としていることをうかがわせるものはないから、本願発明と先願発明との間に課題の共通性があるとしてtV>tHを導き出すことはできないといわなければならない。

したがって、この点の被告の主張は採用できない。

(4)  さらに、被告は、先願明細書にはtV>tH、tV=tH、tV<tHという個別的な3通りの発明が択一的に記載されているものと認められるから、本願発明は、そのうちの1つの発明に該当し、本願発明と先願発明は同一である旨主張する。

しかしながら、前記(3)に説示のとおり、先願明細書には端部のうちどの部分を強化するかを課題としていることをうかがわせる記載はないから、先願明細書にtV>tHを含め個別的な3通りの発明が択一的に記載されていると認めることはできない。

したがって、この点の被告の主張は採用できない。

(5)  そうすると、審決の「先願明細書の記載<6>及び<7>からみて、ガラスパネルのフェース部の垂直軸方向の端部近傍の肉厚は、水平軸方向の端部近傍の肉厚よりも大きくされており」、「先願明細書の記載<6>は、短軸(本願発明の垂直軸に相当)及び長軸(本願発明の水平軸に相当)に沿うくさび状化(端部近傍の肉厚)の程度を比較したものである」との認定は誤りであり、この誤りが審決の結論に影響することは明らかである。

3  よって、原告の本訴請求は理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

(別紙図面1)

<省略>

(別紙図面2)

<省略>

(別紙図面3)

<省略>

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